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記事に猟奇的、同性愛的、表現が含まれることがあります。

為す者

 母はわたしが四つのときに亡くなられた。一番下のフレヴィンを出産中に衰弱していた母体が耐えられず、生まれてまもなくの子を胸に抱いたまま息を引き取られた。十年以上前になるが、葬儀の記憶がまだ新しく感じる。
 わたしの父、現王ヘザベルトの良き縁として、忘れ去られた女神、処女神アレルナの巫女だった母は王妃候補として城へ入られた。アレルナの巫女を妻として迎えることは宗教上にも法律でも禁止されている。しかし、この国の法は王にある。過去にも何度かあった。
 彼女の人生の半分はこの城で過ごした。生きているうちは故郷へ帰られないと彼女自身もわかっていただろう、神殿の巫女だった者は遺体となって、忘れ去られた女神の神殿のある故郷へ帰ってきた。
 葬儀は大国の王妃と思われないほどに質素に行われた。葬列に参加したのは、わたしと母を慕っていた幾人かの側付きと下女だった。兄と下の弟たちは城に残った。兄は母が亡くなる前に王太子の儀を済ませて王太子となったため、城の外へ出られなかった。下の弟たちはまだ小さく、とてもこの場にいられることはできないからだ。兄弟の中でわたしだけが母の葬儀に参加できたのだ。当時はそう思うこともなかった。
 わたしの傍らには母の従者をしていたイルゼイ・マグスがいた。かれは葬儀中、わたしの手を握ってくれた。本当は息子のグリーゼ・マグスに付いてきて欲しかったのだが、グリーゼは兄と弟の世話をするために残った。
「サイルリック様、花を」となりのイルゼイ・マグスが、わたしに百合の花を持たせた。母の従者たちがさめざめと泣く中、イルゼイはいつも通り感情のない声で話した。「母君の傍に添えて差し上げてください」
 わたしはしゃくりあげながら死してなお美しい母上の傍らに白百合を添えた。わたしのあとに続いて従者たちが想いの言葉とともに花を捧げていく。わたしは棺の蓋が閉まる直前に別れの言葉を告げた。
「さようなら」

 葬儀の次の日、わたしたちは城へ戻った。イルゼイ・マグスは母の私物を片付けると言って母上の衣装部屋へ向かった。わたしはイルゼイに連れていけとせがんだ。かれは何も言わずわたしの手を引いてくれた。
 衣装部屋には母上が生前に気に入ってよくつけていた薄紫色の衣や、ターコイズを埋め込んだ腕輪があった。しかし、目に付くのはかつて母が着ていたもの、わたしが覚えているものだけで、数は本当に少なかった。母上は王妃の身だ。望むものは手に入る。
「あなたの母君は贅沢を嫌いました」イルゼイがわたしの心を読んだようにつぶやいた。「いつまでも少女のように、花や鳥がお好きでした」
 わたしは独り言のようなイルゼイの言葉にうなづいた。かれは何も言わずに宝石箱に母が生前つけていたターコイズの腕輪を仕舞おうとしていた。わたしはそれを止めた。
「ぼく、それほしい」わたしは薄紫色の布を抱き「これもほしい」
 わたしは、母からフレヴィンが生まれる前にぽつりと零した言葉を覚えていた。「次は女の子がいいわ」冗談のつもりだろうが、幼いわたしは間に受けしまった。実際に生まれたのは第四王子だった。生まれてきた弟を責めることもできない。
 腹が膨れゆくにつれてやつれていく母の姿はあまりにも酷で、母が幸せならどんな願いも叶えてさし上げたかった。わたしは覚悟を決めていた。母と同じものを身につければ、母のような清く美しい女性になれるのだろうか。
 イルゼイ・マグスはしばらくの間黙っていたが、静かに言った。
「構いませんよ、あなたの母君の物でしたから。」
 イルゼイは腕輪をわたしの華奢な腕に嵌めた。かれはわたしの体を姿見のほうへ向けた。そこには、母と同じ色の自分がいた。
「よくお似合いです」
 イルゼイ・マグスは微笑むような声で囁いた。
 わたしもそう思った。