記事に猟奇的、同性愛的、表現が含まれることがあります。

陣術師の一団

 ソーマの寒い夜、僕らは温かい母の子宮に別れを告げた。僕が先に生まれた理由は、才能のある妹を安全に生ませるためだと言い聞かせられた。僕が兄なのに。能が同じなら僕が次期頭首だったはずだ。三歳になるころから陣術を覚えさせられた。僕らはここまでは同じだった。妹は八つになって仕事人に加えられたのに、僕はその二年後だった。僕はここではじめて僕と妹の能力に差があると悟った。
 十歳のある日、特別な任務に同行することになった。大人たちは予め強力な罠の陣を仕事場に描き始めた。僕らはそれを観察し、頭の中で陣形を反芻した。
大きく長い陣形は森を抜ける道を塞ぐようにして引かれている。最初は森からおりて村を荒らす猪の群れを狩ろうと仕掛けたものだと思っていた。僕らは茂みに隠れて何が来るのかを見守った。
 しばらくして森の中から蹄音が聞こえてきた。音からわかるのはかなりの速さで走っていることと、荷馬車があることだ。森の暗がりから出てきたのは荷と一家族を乗せた荷馬車だった。馬車馬は大人たちの引いた陣にむかって前脚を踏み入れる。すると、馬の前脚が触れた部分の線が光り、陣形を暗闇に浮かべさせる。陣術が成功したのだ。陣から魔力が発せられ、形を成していく。棘の生えた蔓だ。蔓は馬の脚を封じ、身動きの取れなくなった馬は弱々しくいななくと陣の上に倒れた。
 車から、父親と思われる男が小さい女の子を抱き抱えた母親を逃がすが、茂みから出てきた大人たちに捕らえられた。母親はわが子を離すまいと女の子を抱きしめたままだった。父親はまだ陣形の上にいたので、馬同様、棘蔓に巻き付かれた。
 父親が身動きを取れないのをみると、大人たちの中から僕らの一族の長が父親を見据えて口を開いた。
「依頼主の命により、わたしたちはここにいます。依頼主はあなたを殺してもいいと仰っています」長は薄い色のない唇を一文字につぐむ。「女と娘は連れてこい、とのことでした」
 それを聞いた父親は悲鳴にも近いような声で言った。
「俺はどうなってもいいから家内と娘は見逃してくれ…」
 若い長は男から目をそらした。
「…見返りはあるのですか?」
 長は慈悲のない表情を男に見せた。この父親は貴族から借りた金を返せず、一家で夜逃げをしたものの、その貴族から雇われた僕ら陣術師の一団に捕まったのだ。もちろん、積荷のどこを漁っても紙幣の一枚すら見つからないだろう。
 父親は妻と娘の名前を呼ぶと、あとはすまないと繰り返すだけになった。女子供は術で眠らされ、用意していた転移陣で貴族のところへ送られたのだろう。彼女らがどうなったのかは子供の僕たちにはわからなかったが、いまとなってはだいたい想像がつく。父親はその場で殺されはしなかったが、長の実験台に送られた。
 始終、悪夢のような光景を目にしていた僕達は、大人たちが陣形の跡を消し始めているところでハッとわれに帰った。隣で暗い顔をしたトリリネが消え入りそうな声でぽつりと「ひどい…」とつぶやいたのを僕はしっかりと聞いていた。