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記事に猟奇的、同性愛的、表現が含まれることがあります。

ドクター・レウカド

 その店はドレスタニアの都市部に密かに開かれていた。賑わう繁華街と正反対の別世界に誘うように、建物と建物の間で狭く暗い路地がある。建造物の冷たい岩肌の荒い目をなぞっていくと、蛇の子しか通せぬような扉が見えてくる。それがかれの店だ。
「開けてくれ、ドクター・レウカド」
 男は奇妙な扉の前で訴えかけた。しかし、扉は何も言わず、蝶番の軋みひとつもない。
「金なら払う、どうか…この──」
 小太りの男は言い終わる前に自分の小柄な体が跳ね上がるぐらい大きなくしゃみをした。
「こいつを止めてくれ」
 それからまた男は語尾を伸ばすようなくしゃみを細長い扉に鼻腔内や口内の粘液をとばしながらした。目には涙が溢れるほど溜まっており、白目はかなり充血していて酷い有様だ。
 その男の様子を察したように扉に変化が見えた。扉は男の体型に合わせた幅に広がり、縦長だった幅は男の背にあわせ縮んでいった。男の粘液で汚れた木製の扉は空間を切るように勢いよく開いた。
「入れ」
 奥から若い男の声がした。

 

 何に使うかわからない道具や薬品で満たされた棚が壁を多い尽くし、天井まで伸びている。床は乱雑に敷かれた絨毯が元は鮮やかな赤色だったのだろうが、埃が積もり灰色になっていた。扉と対になるように設置された大きな窓に、逆光で見えないが、ほっそりとした人影がいた。
 部屋は靄が常にかかっているように白んでいる。その原因はすらりとした指に置かれた煙管から灰紫色の煙が部屋中に充満していた。
 煙管の持ち主は男に背を向けて立っている。腰の位置にある業務台から見てこの店の店主なことは明白だ。
「最近は客の出入りが激しいな」
 店主は客である男のほうを向いた。アルビダ特有の白い素肌と髪色、鮮やかな紫色の瞳が見えた。
「言わなくてもわかる、流行りのサグヌ草だろう」
 感情のわからない冷たい声が不思議と耳に通ってくる。
「なに、処置はすぐ終わる。まず、そこの椅子に腰掛けてくれ」
 ドクター・レウカドが顎で指した先には小さな木製の丸椅子が転がっていた。男は素直に椅子を拾うと、椅子本来の正しい使い方をした。普段、この男は床に転がった丸椅子を拾ったりはしない。地位と金はそこそこ、見通せる未来に困らないほどある。屋敷には何人かの召使いが世話をしてくれるが、なぜかこの男の声には逆らえなかった。
 ドクター・レウカドは煙管に口をつけた。火皿の中身が明くなり、細長い煙を天井にあげた。吸い終わると、椅子に腰掛けた客人の男に、紫色に妖しく光る煙を吐いた。煙はまるで生き物のように男を取り囲み、その小太りの体を包み込んだ。
 男は煙が自分の体を包み込む感触をふと味わうと、急な息の苦しさを感じた。最初は酸素の薄さのせいだと思ったが、原因はこの煙のせいだと気づいた。それに、この店主は人間の街に住む、妖術に精通した狡猾な妖怪だと。
「まず、俺の店の扉を汚したことを詫びてほしい」
「な、なにをする──」
 さらに息苦しくなる。男の肺は新鮮な空気に飢え、何度も運動を繰り返そうとするが、それも虚しく、ただただ苦しくなるばかりだ。
「詫びるってこと、したことないのか?ならもっといい方法があるぞ」
「わかった…わかったから、謝る!扉を汚してすまなかった!もうやめてくれ」
 男は懇願した。それを見ていたドクター・レウカドは不敵に笑みを浮かべた。
「なにをやめるって」
 客人の男は自分が肩で息をしていることに気がついた。男は店主を睨みつけると、店主はまた煙管に口を付けていた。男がその仕草に脅えた表情を見せると、ドクター・レウカドはその表情に向けて煙を吐いた。刻みたばこの臭いとかすかに花のような香りが男の鼻腔を満たした。
「鼻をすすってみろ」
 男は言われた通りに鼻をすすってみた。すると、さっきまでの息も満足に吸えないくらいに不快だった鼻のつまりが改善されていた。目はもう痒みに襲われることはなく、涙を流すこともなかった。流行りの鼻風邪は改善されていた。
「ありがとうドクター・レウカド…相変わらず素晴らしい術だ…」
 客人の男は感嘆として言った。胸のポケットから金貨を何枚か取り出すと、店主に手渡した。店主は手渡された金貨を数えると、苦い顔をした。
「おい、足りないぞ、これならあと二枚だ」
 紫色の瞳を光らせながら男を睨みつけた。背丈の割には幼い顔つきをしたドクター・レウカドに男はニヤリと笑った。
「残念ながら持ち合わせがなくてね」
 店主の妖怪は睨みつけた目をさらに怒らせ、煙管を口に運んだ。男の顔に近づけられた雁首の火皿からちりちりと刻みたばこが焼ける音が聞こえる。客人の男は短く悲鳴をあげた。ドクター・レウカドは吸い口から口を離すとふっと扉のある方へ煙を吐いた。
「あんたの顔、二度と見たくないね」
 長細い扉はまた男の体型にあわせた形になり、ひとりでにめいっぱいに開いた。
「お客様のお帰りだ」
 店主はまたふっと客人の男に煙をかけた。男の足はせっせと出口へ運んだ。客人だった男は自分の足に急かされて、店を後にした。閉め出すように扉は音を立てて閉まり、再び、元の長細い形に戻った。

 

 ドクター・レウカドはふふと笑うと、業務机の備えつけの椅子に腰掛けた。客人の男にかけた術は、かれの煙を吸い続けていないと三日も持たずに効果が切れてしまう。あの男はまた流行りの鼻風邪に苦しみ、またこの扉の戸を叩くだろう。根本的な原因を治すのではなく、かれの術は短期的に治ったように錯覚させることしかできない。幻術を使うアルビダにとっては朝飯前のことだ。普段贅沢をし、我ら妖怪のことを野蛮人だと思いこんでるやつにはすこしいい薬になっただろうか。かれは煙管をくゆらせた。ふと、鼻にこそばゆさを感じ、粘液を飛ばさない様に手で顔を覆いくしゃみをした。かれはまさかなと顔を傾けた。

 

後書き

突然企画参加みたいですみません…
妖怪アルビダの幻術師、ドクター・レウカドの読み切りSS。人間の街に住み、犯罪すれすれというか、悪いことはしませんがひとを騙したりはします。
煙という媒体を使って、吸った人間やらを幻術に落とします。作中の長細い扉は真に長細いわけではなく、ほんとは成人男性が一人満足に通れるほどの扉で、幻術によりそう見えています。なぜ長細いかっていうとレウカドの体型と合わせているから。
多分、広いところで戦闘とかは向いてませんね。かれの部屋では常に煙が充満してるので無敵になれますが…
作中に顔つきが幼いと出てきますが、アルビダ特有ぽいかなと思って。体がヒョロガリでほそなっがいのに、目元はちょっと幼かったり(瞳が大きいとか)
かれには血の繋がらないけど溺愛している妹がいますが、これはまた後で。シティボーイなお兄ちゃんのレウカドと正反対で地方に住んでるちょっと野性味のあるムキムキな恵体のアルビダのおんなのこ…この子の瞳は鮮やかな水色です。同じ施設などで育って稼ぎ頭はお兄ちゃん。妹の名前はレウコトエ。

 

企画元

Parallel Factor Cultivate Server
@id:nagatakatsuki

 

なにか問題ありましたらお申し付けください。というか…勝手になんかすみません。