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記事に猟奇的、同性愛的、表現が含まれることがあります。

ガック・グラ

 それから、かれは小男の下で暮らした。孤島にある森の中の住処で、小男以外の人間や妖怪は住んでいないようだった。数年にわたる虐待で衰弱しきっていた体も成長を初めていたが、若いながらも摂食障害睡眠障害に悩まされていた。自分のことを助けてくれた男の話を聞くうちに自分は男と同じ、妖怪でアルビダという種族で呪詛と呼ばれる能力を有してると。さらに小男はその呪詛を見せてくれた。男の住まいは狭く、よくわからない物が所狭しと詰め込まれていてとても寝泊まりできるような空間ではなかった。常に煙で満たされた部屋で、小男が木製のパイプでさらに煙を炊くように虚空に吹きかけた。すると、虚空から灰色のうさぎが飛び出てきた。うさぎはかれの周りを飛び跳ね、青い色の瞳でかれをのぞきこんだ。かれはその瞳に魅入られていると、うさぎの姿がどんどんむくれていき、ついには青い瞳の灰色虎になった。かれが驚愕の表情を浮かべる隙もなく、灰色虎はかれに襲いかかった。かれは思わず手を前に出して抵抗したが、感触はなかった。勢いあまり、地面に腰をつけた。
「これがアルビダの呪詛、其の一、相手に幻覚症状を引き起こさせる」
 小男が小さい体を緑色の天鵞絨が張られたカウチに広げながら自慢げに言った。片手のパイプからは煙が上っている。
「あんたは幻覚を見ていた。ほんもののうさぎちゃんも虎もいないよ」からからと笑い声を上げると、パイプをふかした。
「あんたはよく働いてくれそうだし、才能もあるから特別に弟子にしてやっていい。どうせ身よりもないんだろう」小男はつぶらな瞳をかれに向けた。「ただ才能ある弟子はすぐにここを出ていっちまうからね、倍は働いてもらうよ」
 かれは少し救われた気持ちでいたが、不安の方が大きかった。しかし、このままひとりで生きていくこともできない。かれは承諾し、小男を師とし、追従することにした。
 小男はガック・グラと名乗った。道化の派手な見た目に十歳前後の子供のような背丈をした妖怪だった。かれはガック・グラから名を貰った。レウカド、それが今の名前だ。かれは自分の名前をこれしか知らない。

 その次の日から、師匠の世話と呪詛の勉強の毎日だった。朝は日が昇るよりも早く起き、身支度を済ませて師匠と自分の朝飯を用意する。師匠の長い着替えが終わるとすぐに森の中で瞑想、環境の音を聞き、動物たちの精神の波を探る。森にはもちろん狼など危険な動物がいたが、それもこの瞑想で察知しなければならない。何度か危険な目にあった。
 午後は師匠と向かい合いながらお互いの表情を読み解く、面に出る表情と心の中の齟齬を見破らなければならない。これは直接、呪詛には関係はない。一番、ひとの心に入りやすい瞬間は焦燥、恐怖、陶酔、そして、信頼のつくる安心感。相手の状態を見極め、かかりやすい状況をつくり、術に陥れる。それをやるかやらないかで違うと師匠はレウカドに語った。
 夕食を済ませて、日が沈むと同時に床に就く。安らぎなどない毎日だったが、檻の中のあの生活より充実していた。毎日震えずに眠れる環境であったが、体はそれをときに拒否し、夜中に泣きながら起きることもあった。また、夕食時には喉が通らなくなるときがあり、食事を半分以上残すことがある。それを師匠は心配してくれるが、される度にかれは申し訳なくなるのだった。