記事に猟奇的、同性愛的、表現が含まれることがあります。

契約 三話

 空がすっかり夜の帳を下ろし終わったころ、シモンの家の戸をかすかに叩く音が聞こえた。
「おや、来ましたね。あなたはここにいてください。合図があるまでなにもしてはいけませんよ」
 かれは手のひらに邪悪な蜥蜴を乗せ、寝具の下に投げ込んだ。蜥蜴は見事な着地を見せたが、怒ったように赤い模様を光らせた。シモンはそれを見てあからさまに無視をし、扉に向かった。
 煤けた金色のドアノブを回し、古く軋む木の戸を引いた。来客がみえているはずだが、どこにもいない。
「あれ、変ですね、誰もいないのかな?」
 シモンはとぼけたふりをして目の前の空間を抱き上げ、家に引き込んだ。実態のある空間は短く声を上げた。かれは解除の呪文をつぶやくとその姿は現れた。不可視の術をかけた外套の下は白い肌がみえている。シモンは外套のフードをさっと上げると、豊かな銀髪がこぼれた。
「こんばんは、シモン・アンサス」
 未熟なさくらんぼのような唇から鈴を転がしたような笑い声、かれの恋人のマトリカリアだった。頬はすこし紅潮し、髪の色とおなじ銀色の瞳は濡れたように輝いている。
「こんばんは、マトリカリア。道中、足はつきませんでしたか?」
 かれは片腕で恋人を抱きしめながら、瞳をじっと見つめる。空いたほうの手で冷たい頬に触れた。
「それはもちろん、ついてないよ」マトリカリアはかれの緑の瞳を見つめ返して応えた。「この術で僕にかなうひとはいないから…シモンにはバレちゃったけど」
 村一番の優秀な魔術師はふふと声を上げて笑う、こうして笑いかける相手はシモンだけしかいない。
「…よくわかってますよ、マリア」
 マリア、というのはマトリカリアの愛称だ。女性名で呼ばれるのを嫌っていたが、シモン相手には許していたというより、呼んでもらうのはとても気持ちがいいらしくふたりだけのときは必ずこう呼んでいた。
「きみの家に来たのははじめてだ…」
 マトリカリアは狭い部屋をきょろきょろと見渡している。シモンは外套を脱がせ、それを作業机の椅子にかけた。
「片付けが捗らず、ずっと参ってたもので…ものを沢山捨てましたよ」マトリカリアを寝具に座らせる。「殺風景になってしまったので、花でも生けようかな」
 作業机の上に常備してある研究用の小さな鉢に術を囁く。加護のついた鉢から芽ぶいてだんだんと成長していき、花をつける。鮮やかな黄色をした花弁から異国風の香りが漂っている。シモンは鉢をマトリカリアに手渡した。
「シモン…これは…」
 花を見ながら、マトリカリアは目を丸くし、次には頬を赤くした。これが何の花なのかすでに気がついている。
「おや、あなたの部屋で読んだ図鑑で見た植物を生やしてみましたよ」マトリカリアの隣に腰を下ろす。「なんの植物なんですか?」
 マトリカリアは立ち上がって手の中のそれを作業机に置いた。シモンはくすくす笑いながら、戻ってきてと手招きする。マトリカリアは顔を赤くさせたままおそるおそる寝具に腰掛けた。が、そのまま後ろへ、かれに倒されてしまった。
「シモン…!僕はこんなことしに来たわけじゃない…」覆いかぶさってくるシモンに華奢な腕で抵抗するが、かなわない。「婚前干渉は禁止だし、その、そういうのは怖い…」
 シモンは恋人の銀の髪を一束つまんで香りを楽しんだ。石鹸の香りがかれの鼻腔を満たした。
「恋人の家に夜訪ねるってことはこういうことなんですよ、マリア」かれはマトリカリアの髪をかき分け、耳元で囁く。「今どき婚前干渉を気にする若者はめずらしいですね。昨晩見ましたよ、パン屋の娘と鍛冶屋の息子が東の森の茂みで…」
 かれは指で情事の真似事をした。
「やめてってば」
 マトリカリアは目を背けていかにも鬱陶しそうな声で言った。それを見たシモンは笑ったまま緑の瞳を見開き、マトリカリアの瞳とかち合わせた。
「村ではわたしたちは結婚できませんし、そのために村を出るつもりです。他意はありません」緑の目にさびしさらしきものを浮かべながら続けた。「もし、村を出るのを失敗すればわたしは殺され、あなたの身はどうなってしまうのかわからない…」
 シモンは恋人の首に頭を埋めた。マトリカリアはかれが泣き出すのではないかとかれの頭を撫でた。マトリカリアの心の内にはかれへの愛おしい気持ちと村を出るという不安と、なにより体の問題を気にしていた。自分がそのような行為をしたいという気持ちが無いと言えば嘘になる。
「僕の体はきみとも、ほかの誰ともちがう。それか、同じものなのか」
 シモンを自分の体から離れさせ、マトリカリアは自分の服の留め具を外す。
「この体を見て、きみがなんとも思わないのなら…」
 マトリカリアは自分を纏っていた布を取り去り、恋人に裸体をはじめて晒した。

 

 寝具の下は掃除が行き届いていて、灰色の埃一つ見えない。部屋を照らす数本の蝋燭の光はここまでは届かないが、この蜥蜴にはあたりの様子がよくわかっていた。暗闇に佇みながら、シモンからの合図を待っていた。普段なら考えもせずに獲物に襲いかかるのだが、主導権はシモンにある。
「シモン…くすぐったい…」
 男か女か、区別もつかない繊細な声が上から聞こえ、鈴を転がすような笑い声が響いてくる。いまは天井になっている寝具が上にいるふたりが動く度に結構な音を立てて軋む。
「シモン?」
 元邪神の蜥蜴はこの声を聞くと思い出すものがある。自分を封じ込めた半陰陽の魔術師のことだ。シモンの言う通り、本当にこの魔術師を喰えるのかと半信半疑だったがいまは確信している。
「わたしには夢があります」
「どんな?」
 急に寝具の揺れが激しくなり、笑い声は聞こえなくなった。なにかがばたつくような音が聞こえ、蝋燭の光に照らされた二人の影が揺れている。子犬の鳴き声のようなものも聞こえてくる。
「ずっとこうしたかった」
 邪神と呼ばれた者でもぞっとするような暗い声が上から聞こえた。やがて、ばたつく音は収まり、静まり返った。
「愛してる…」
 聞き取れたのが奇跡かというほどか細い声が聞こえてきた。消え入りそうな少女の声だった。それから少しの間、静寂が訪れた。
「終わりましたよ」
 静寂を崩したのは悠々としたシモンの声だった。静かに待っていた蜥蜴は寝台の脚をよじ登り、シーツの張られた地面に着地した。最初に乗ったときより考えられないほど乱れた白いシーツの上には少し前まで息づいていた死体が横たわっていた。白い首には痛々しい絞殺の痣が皮肉にも鮮やかな紫色になっている。精巧な人形のような手足はぴくりとも動かない。傍に腰掛けるシモンは何食わぬ顔で蜥蜴を見ている。
「契約のための肉です。かたくならないうちにどうぞ」シモンがいつもの声色で蜥蜴に饗応する。「ああ、すみません。その前に」
 シモンは血の気の引き始めたマトリカリアの遺体の顔に手を触れる。耳朶で輝き続ける、自分でプレゼントした蛇を模したイヤーカフを外した。
「食べたいが、この姿では」
 黒い鱗の蜥蜴はマトリカリアの白い皮膚に前足をつける。シモンはすこし笑ってから、なにか呪文をつぶやいてから蜥蜴に触れた。蜥蜴の体は音を立てて膨れ始め、黒い毛に覆われる。ぎょろりとした赤い目玉がシモンを見つめる。鋭い牙から唾をたらし、赤い舌を見せている。蜥蜴は黒い毛並みの狼に変わった。
「この姿でどうですか?この村から早急に出ますので夜明け前までにお願いしますよ」
 急かされた邪神は冷静に目の前の死体を見つめてみる。まだ幼い顔つきは自分を閉じ込めた憎き魔術師に似ても似つかなかった。もしかしたら、あの魔術師とは血の繋がりはないのかもしれぬ。ただ、身体的特徴が似通っていただけで村の神官に仕立てあげられ、伝承とおなじ運命を辿ってしまった悲劇の精霊の子なのだろうか。黒い狼はちらりとシモンを見る。邪神と呼ばれた自分より恐ろしい男は恋人と呼んだ者の衣服を暖炉に放り込んだ。その表情は読めないが、確かに爽快感に満ちていた。邪神はまた半陰陽の精霊の死体に目を戻すと、それを食肉と認識して食べ始めた。シモンはそれを何か言うでもなく、奇妙な表情で見続けた。

 

 村から信仰の祈りを捧げ続けた半陰陽の魔術師が消えてから数年、村は飢饉に襲われ村民は信仰の力を無くしかけていた。そこに、黒い皮膚の獣を連れた緑の目をした精霊が訪れたのを最後に村は地図から消えた。この村の伝承はどこにも残っていない。


後書き

Q,スケベしてたの?
A,してないよ

ユラングって黄色の花でよかったよな?
なんかみんなえっちなもん書いてんなって思ってわたしも書きたくなったけどぜんぜんえっちじゃねえなこれな。自分で言うのもなんだけどサイコスリラーすぎるな、びっくりしたわ。
シモンとマトリカリアの住んでた村の伝承、言い伝え的なものには半陰陽の魔術師が邪神から村を救った。みたいな話です。邪神は邪神さんなのですが、このとき、力を欲していたアスラーンの青年がシモンのように邪神に契約を持ち込みますが、贄を用意出来ず自身の肉体を捧げて、近くにあった村で力試ししようと村一番の魔術師に喧嘩ふっかけて返り討ちにあい、シモンに出会うまで封印されてました。邪神と融合したアスラーンの青年は頭が良くなかったようです。
300年のいまのシモンと邪神さんはふたりタッグでかなりの数の能力者を餌としてきたので主にシモンがとてつもない魔術師になりました。邪神さんは能力奪って与えるだけですが、マトリカリアの魔力はとても美味だったみたいで邪神と呼ばれていた頃の力を取り戻しつつあるようです。だれか倒して封じ込めて(他力本願寺)
シモンについては邪神さんと共倒れするか、邪神さんが敗れたらそそくさと逃げて行方を眩ませるくらいはすると思うので、ころすときは背後からいきなりメテオぶっぱなしましょう。しにます。