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記事に猟奇的、同性愛的、表現が含まれることがあります。

"Kaleido"Fried eggs

前書き

最近脳ミソ磨り減ってきてイベントに参加できるほどミソが足りなくなってきたので(というか理解力が乏しくなってきた)イベントには参加できるかわかりませんので料理をつくるレウカド先生のSSを書きました。

本編

「…ここまでは追ってくるまい」
 ドレスタニアの神経質なように敷き詰められた石畳の上に黒黒とした血液が一滴、二滴と滴り落ちる。ずんぐりとした体型を覆う黒いコートの切り裂かれた部分から落ちたものだ。
 顔につけた鳥のような面がそれの名を示す。ペストマスク、その下の表情は謎に満ちている。この者は各国で指名手配の身だ。そしてわざわざこの警備の厳しいドレスタニアに訪れていた。しかし、今日の相手は国家の犬ではないようだ。どこかの組織の一部に追われているのかもしれないが、記憶にはない。
 さて、早朝のドレスタニアの裏通りには不健康そうな靄がかかっていた。視界が悪く、はじめて訪れる者は避けて通る道をペストマスクは進んで行く。ボウフラの涌いた噴水の広場を右に、暗がりの路地へと足を運ぶ。すると、左手に見覚えのある店の看板が見えてくる。『カレイドスコープ』と書かれた紫に染めた看板の下に、色とりどりのサンキャッチャーが下げられ、薄い光を跳ね返している。一見、怪しい占い屋の店構えだがここは街の医院である。
「ドクター・レウカド」
 同業者の名前を呼び、見るからに自身の入れなさそうな幅の扉をリズミカルに叩く。しかし、応える声はない。
「ドクター・レウカド?」
 ドアノブを捻り、押したり引いてみたりするがもちろん鍵が掛かっている。もう一度、木の扉が高らかな太鼓のように鳴るよう叩いてみる。すると、二階の花壇つきの窓の戸が上がる音がした。
「うるさいぞ」
 窓の外に乱れた白髪を垂らしながらアルビダの男がこちらを見下ろしていた。
「今何時だと思っている…」
 その声は怒りに満ちている。
「朝の…四時だ」
 ペストマスクは爪先まで黒く覆われた手でアルビダに向けて四本指を立てる。それをみた男は髪をかきあげていらいらとした表情をしながら。
「もう今日は定休日だ帰れ」
 と冷たく言い放ち、ぴしゃりと窓を下ろした。
「ドクター・レウカド、待ってくれ、急患だ。それに」黒いコートの内ポケットから少し厚みのある茶封筒を取り出す。「前回の麻薬弾の報酬だ」
 あまり時間の経たないうちに、目の前の扉がほんの少しだけ開いて中から白く細い左手が伸びてきた。それにペストマスクは黒いごわついた右手で握手した。
「違う、報酬」
 舌打ちと抑揚のなく冷めきった声が隙間から聞こえた。それを聞いたペストマスクは握っていた手を力いっぱいぐっと手前に引いた。ふたりを隔てていた扉が開き、中から怯えた声と共にさきほどのアルビダの男が引き出された。男は勢いあまりペストマスクの黒いコートにしがみついた。
「おはようレウカド先生」
 ペストマスクの中からくぐもった笑い声がする。レウカド先生と呼ばれた男は薄手の寝間着に寝癖のついた長髪といういかにも寝起きという格好をしていた。
「…こんな朝に非常識だとは思わないのか」
 ドクター・レウカドは体勢をなおしたが寝間着を見られたくないのか猫背で腕を組んでいる。
「わたしもそう思って夜に訪ねようと思ったのだが先客がいてな、ほら」血の滴る裂けたコートを見せる。レウカドは眉をひそめてそれを見たが驚きはしない。「だがしかし、ドクター・レウカドの意外な一面も見れた。早起きは三文の徳だ」
 マスクから呼吸音のような笑い声が聞こえる。
「報酬を置いて帰ってくれ…そのくらいの怪我自分で治せるだろ」
 生気のない声で言い、項垂れるドクター・レウカドの肩をペストマスクは慰めるように撫でた。
「匿う場所を貸してほしいだけだ。場所代も報酬に加える」
 アルビダの闇医者の顔は苦虫を噛み潰したように歪み、悪態をついた。
「俺の店に血液一滴零すなよ」

 診察室は前に訪れた時よりも綺麗に整頓されていた。空気も澄んでおり、煤けた赤の絨毯は新調されていた。あの時の…落ちた小瓶の欠片も見当たらない。ペストマスクはコートの上からいつものように患部をメスで治療した。ドクター・レウカドはそれを見張るようにして、業務机の椅子に座っている。
「部屋が随分片付いてるな」
 沈黙を先に破ったのはペストマスクのほうだった。それを聞いたレウカドはなにか忘れていたことを思い出したように目を丸くしてから、伏せ目がちに言った。
「片付けたんだよ」
「らしくないな」
「その通りだ…」ドクター・レウカドは頭を抱えた。「性別が変わってから…その、月経前に」
 レウカドははっとして言葉を止めてからペストマスクの深淵のような目を見た。
「なんだか無性に部屋が汚いことが目について片付けてしまった…意外と捗った」
 なにか道徳に関わることをやってしまったような、後悔をしたような口調でレウカドは話した。それから、頭を抱えた手で長い髪をくしゃくしゃと乱している。ペストマスクはそれを見ていつものように探りを入れたくなったが、レウカドの死んだ魚のような目を見ると何も言えなくなった。
 それから少しの沈黙、暗かった部屋に朝日が差し込んできた。微睡みはじめていたペストマスクの目に陽の光が入ってくる。
「もう帰れよ」メインの窓を背にしたドクター・レウカドは姿はいつもより白く見える。「二度寝したいんだこっちは…」
 白い睫毛がいつも以上に上下しているところを見ると相当眠いようだ。ペストマスクは窮屈な椅子の中で伸びをし、まるで自分の家のようにくつろいでいる。
「まだ少し傷が痛むな…」患部を押さえながら唸ってみる。相手は呆れたように様子を見ている。「そうだ、朝飯でも」
 前回、レウカドが受け取らなかったライスランドの招待状を懐から取り出して見せる。レウカドはばつの悪そうな表情をした。
「それはこれを書いてるやつの時間の都合上で取り消された。諦めてくれ」
 めちゃくちゃな理由だったが、仕方ないのだ。
「…参加できなくとも、あなたの手料理を味わう方法なぞいくらでもある」ペストマスクから笑いが漏れた。「せっかくだから飯でもどうだ?作戦だ」
 ドクター・レウカドはなにかを察したように仕事道具の煙草に火をつけ、煙の充填をはじめた。そうはさせないとばかりにペストマスクは煙草の先を手袋をはめた指先で潰した。じゅっと音を立てて火が消える。
「…絶対やらない」
「やってもらわないとわたしは一生ここから動かん」
 睨み合うふたりから、腹の虫が高らかに唸った。
「どちらかが餓死するまで待つか?」
 医者は病気は治せても、空腹は満たせない。ドクター・レウカドは二度も折れることとなった。

 『カレイドスコープ』の二階からは居住の空間になっている。二階はダイニングスペース、L字の厨房とテーブルは古風な色で合わされている。家主は可愛らしい緑色をした小さな木製の椅子をペストマスクに勧める。重苦しい体を椅子に乗せると壊れそうなほど音を立てて椅子が軋む。ドクター・レウカドはそれを見て眉をひそめてから、どこからか取り出したリボンで髪をまとめていた。
「料理できるのか?」
 洗い物が溜まっていない小綺麗にされたシンクを見ながらペストマスクが呟く。
「昔からこれしか作ったことがない」一人暮らし用のアンティノメル製の小さい冷蔵庫から食材を取り出す。「外食がいいから、自分では作らない。ここに来ていたレウコトリカのためだ」
 壁にかけられている調理器具を取り出す。フライパンを手にしたドクター・レウカドの姿は新鮮だった。それがくるりとペストマスクのほうを向く。
「あ、なにか飲むか?コーヒーと紅茶と…ココアはやめといたほうがいい…」
「そっちはなにを飲むんだ?」
「俺は、今日は紅茶にしておく」
「では同じもので」
 レウカドは小さな鍋を取り出し、マグカップで二杯分の水を計り入れた。それから、フライパンを隣のコンロで温める。繊細な手をフライパンの表面にかざして温度を確かめた。レウカドは納得するとフライパンに珍しい油を薄く伸ばした。
「その油はなにか作用のあるものか?」
 ペストマスクが背後から声をかける。レウカドは淡い緑色をした瓶の裏のラベルを見た。
「いや、ただの油だと思うがな。師匠の旅行の土産にもらった。リーフリィ製のオリーブオイルらしい」
「師匠…師匠がいるのか…」
「この世で一番尊敬できる幻術師だ」
 陰険なアルビダの声の調子がすこし陽気になった気がする。よほど腕がいい幻術師なのだろうか、それとも大事にされてきたのだろうか。
 卵をフライパンの縁で叩き、殻にヒビを入れる。慣れているようであっという間にフライパンにはふたつの黄身が落とされた。その隣では沸騰した湯が大きな泡を上げている。レウカドはそれにすりきれ二杯の茶葉を入れて火を止めた。
「まだ少しかかるな…」
 ドクター・レウカドは固まり始めた白身を見てつぶやいた。それに蓋をしてから後ろを振り向いた。ちょうど真後ろにいる解剖鬼は船を漕いでいた。レウカドはため息をついたが起こそうという気はなかった。

「できたぞ」
 暗闇の中で艶のある声が響く、目を開けてはじめに見えたのは満月のように丸い黄身。他にはサラダボウルと焼いたパンの皿が赤いギンガムチェックのテーブルクロスに置かれていた。
「おはよう」目の前のレウカドは沸かしていた小鍋から花柄のマグカップに紅茶をうつしていた。「あんたがなかなか起きないから野菜とパンも用意できた」
 レウカドはマスク越しに目をこする解剖鬼を見ていつもの呆れた表情を浮かべているはずだったが、相手にはどこか柔らかい笑みのように見えた。
「…ありがとう」
 ペストマスクの中から欠伸の音がする。
「…ところであんたそのまま食べるのか?」

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エピローグ

「目玉焼きになにかつけるか?」
ケチャップをとってくれ」
「はい」
 鼻歌交じりでケチャップで絵を描く解剖鬼。
「…かけすぎじゃないか?」
「レウカドのも描くか?」
 空中で指でハートマークを描く。
「…遠慮しておく」

 レウカド先生は塩コショウ派のようだ。